当時、日本中を震撼!! 毛呂山事件 UFO目撃と宇宙人からの拉致事件の発生!!
毛呂山町の事件 ufo

毛呂山事件・40年以上たった今もその時の衝撃が忘れられない。
昭和56年(1981年) 当時14才、埼玉県入間郡毛呂山町の片田舎で、中学生活を送っていた僕の前に、衝撃的な事件のニュースが飛び込んで来た。

読売新聞 昭和56年8月17日 朝刊
「毛呂山町にUFO来襲 複数人が目撃 上空10mに浮く!!」
けだるい夏休みの朝のひと時は、一瞬にして恐怖に凍り付き、母親は絶句、僕の心臓の鼓動は200回超えだ。

UFO目撃現場は、僕の住む家から自転車で10分ほどの箕和田地区で8月16日の早朝6時に発生。

複数の地元民が、田んぼ上空10m付近に浮く、真っ黒な半球型で4~5m程の大きさのUFOを、約15分にわたって目撃。やがてゆっくりと動き出し、越生方面へと消え去ったと報道されていた。

「さらなる衝撃の事実が!!」

UFO事件が発生した昭和56年(1981年) 8月16日の朝6時直前の5時40分頃、なんと僕は秘密の穴場へ魚釣りに行くため、UFO目撃事件の起きた一本道を、ひとり自転車で通過して、現場から、およそ300m先の小さな水路に遊びに来ていたのだった。

普段通り、何の違いにも気づかなかった僕は、夕方近くまで釣りをして家に帰った。当時は中学生が夜明け前から一人で川や沼に釣りに行ったり、森へ虫取りにいくのが当たり前の時代だったのだ。

「小さな町にUFO目撃の衝動が広がる!!」

町の大人達の噂では、最初にUFOを目撃したのは、なんと僕の同級生の親族らしく、僕たちは仲間と数人で詳しい話を聞こうと、その同級生宅へ伺ったが、体調不良を原因に会わせてもらう事が出来なかった。

さらに、どこからともなく、確実に見張られているような妙な気配を感じとったため、「なにか宇宙人との密約や、話せない事情があるのでは?」など、仲間と話しながら、その場をあとにした。

「テレビでの緊急公開が始まる!!」

そして新学期が始まって少しした頃、「11PM」という当時、影響力絶大のテレビ番組が始まったとたん、見慣れた風景を背景に、「埼玉県毛呂山町で事件発生!! UFO目撃される!!」というド派手なキャプションと共に、毛呂山UFO事件の特番が放映されたのだ。

さらに続報では、地区で最初に目撃した男性一人が、UFO内に拉致誘拐(アブダクション)され、犬のような顔をした乗組員に何かをされた後に解放された事がわかり、もう震えが止まらない状態。

「UFO目撃・連れ去り事件で小さな町が大騒動へ!!」

学校へ登校すると、朝からその同級生を囲んで学校中が大パニック。先生達も浮足立って、もう授業にならない状態。同級生は「怖いから何も話さないの1点張り」!!

小学校では集団下校が開始され、町の駐在所は、越生や西入間署からの応援も借り、総出でパトロールを強化。町役場からは未成年の、河原、池沼、田園地区への出入り禁止令か出て、今で言う「非常事態宣言」の発令だ。


※画面下が毛呂山町の中心地方面。UFOは現場から越生方面へ飛び去ったらしい。

「恐怖にまさる好奇心が!!」

僕たち仲間はどうしても、UFOや宇宙人について詳しい話が聞きたくて、今度は抜き打ちで、畑仕事をされている目撃者本人の元へ行き、おそるおそる声を掛けてみた。

「すっ・・ すみません」

「・・・・・」

「僕たちUFOの事が詳しく知りたくてそのぉ~・・・」

「・・・・」

「宇宙人の顔とか・・・ 見たんですよね・・」

「・・・」
「・・・・・・ 君らぁ、毛呂中の生徒かぁ・・」

「は、はい、そうです。」

「・・・うん UFOの事はなぁ、・・もう誰にもしゃべらないって決めたから・・・・ わるいねぇ・・・・。」

UFOが出現した現場の上空を、ぼんやり見ながら、その人は静かに呟いた。

互いに5mくらいの距離で対峙しながら、30秒か、それとも1分くらいか、、、。緊張感のある長い沈黙が続いた後、「あ、あっ、ありがとうございました」と仲間の誰かが言った、僕たちは帰るしかなかったのだ。



「以前より変な噂もあって・・・・・」

追加の目撃情報が出なかったためか、年末前には禁止令が解除されたが、皆も警戒感があり、単独での遊び行動は、しばらく避けていたと思う。

以前より、毛呂山町、越生町、飯能市を山道で結ぶ、奥武蔵グリーンラインの山中で「未確認飛行物体」出現の噂や、光る何者かに車を止められそうになった話。さらにこの事件となったUFO遭遇現場からスグ先にある、鳩山町の気象観測所は、大きなアンテナが立っている事で、UFOや宇宙人が電波解析のため飛来して来るのでは、など予見していた住民も少なくなかったらしい。

「やがて町内は沈静へと向かう」

年が明ける頃にはUFO目撃・連れ去り事件は沈静化していったが、とりわけ、うちの母親の動揺が激しかった様子で、もしかしたら自分の子がUFOや宇宙人に連れ去られたかも知れないという恐怖感は、40年以上のトラウマ(PTSD)となったようだ。

数年前に流行ったドローンの夜間飛行の点滅光を玄関先で発見して、気が動転して家の中に逃げ戻り、攻撃されないよう部屋中の灯りを全て消して、僕の元へ、とにかく警戒するよう夜中に電話してきた事もある。

あの事件の日たまたま近くに居た自分の子が、いまだにUFOや宇宙人から付け狙われているのではないかと本気で心配しているわけだ。

※ちなみに母親に認知症は全く無いが、UFOの事となると敏感に反応して異常な警戒心を見せる。また甲府事件にも詳しい。

「あれから40数年。UFO出現・連れ去りがあったとされる現場。令和4年8月16日、午前6時の同時刻。」


40年前と変わった点は、UFOが上空で停留していたとされる斜め下に、コンビニが出来たことだ。僕は現在すでに毛呂山町には住んでいないが、毎年8月が来ると、箕和田地区を流れる8月の風と草木の匂いが懐かしくなる。





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甲府事件と毛呂山事件の関連調査を続行。


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